2022年9月より、二酸化炭素の排出量取引の実証実験が始まりました。東京証券取引所でカーボン・クレジット市場が開かれたのです。
筆者は「排出量取引」という言葉を恥ずかしながらこの日のニュースで初めて聞きました。そして、さっぱり理解できませんでした。
1分間程度の短いニュースで語られた概要は以下です。
- 炭素に価格がつけられる(=カーボン・プライシング)
- 排出枠を購入すると、自社でCO2を削減したとみなされる
- 従来の相対取引では不透明だった価格や量を公開する
- 結果として二酸化炭素削減の促進につながる
従来の…って、既にそんな取引が行われていたことも知りませんでした。
実は排出量取引自体は、今に始まったことではありません。環境問題に関心の高い方ならカーボン・プライシングという言葉も聞いたことがあるでしょうか。
環境省の一次情報はこちらですが・・・初見は難しい!
ようやくざっくり理解した今、なぜこの制度がパッと見わかりにくいのか、3つの誤解ポイントが見えてきました。理解を助けるに至ったのにはある意外な共通点を持つ図が関係していますが、これも後述します。
①取引するのは「排出量」ではなく「排出する権利」
まず理解を妨げた要因はその日のN●Kニュースでした。VTRが終わると、スタジオでキャスターがこのような小道具を使って補足説明をしていたのですが、この上に乗っている動かせる部分には「CO2」と書いてあったのです。
平たく言えば移動するのはCO2ではなく、CO2を排出する権利です。そのためかつては「排出権」取引と訳されていました。今は「排出量」取引と言われます。これが誤解ポイント①です。
呼称が変わった理由について日本エネルギー経済研究所はこう解説しています。
「環境汚染」に対して「汚染する権利」を与えるといった構想に対して、倫理的観点からの反対が強かったのである。
https://eneken.ieej.or.jp/data/3411.pdf
②「排出枠」はオーバーすると罰金を伴う限度ライン
排出枠を購入した企業は、その分のCO2排出を削減したとみなされます。ここで言う「“みなす”とは?誰からの評価?誰に対してのアピール?」と疑問が湧きます。
排出する権利、すなわち「排出枠」のラインは、企業によってそれぞれ異なりますが、ここでは一度一本の線で表現した方がわかりやすいと思います。すると、以下の3つの状態に分けられます。
CO2削減目標は、これまで努力義務のようなイメージでした。これが誤解②です。しかし実は、C社はこのままラインをオーバーすると、罰金やその事実の公表など、いくつものペナルティが将来的に課せられます。つまり実質、この制度の中では守らなければならない「義務」と言えます。そのため、お金を払ってでも追加で排出枠を購入する動機になるのです。
A社は目標よりも多く・早く削減したことで、余った排出枠を売却でき、現金を入手できます。これが削減促進のインセンティブになります。
③削減目標を表している「積み上げ棒グラフ」
排出量取引を画像検索すると、多くのメディアが棒グラフ状の図を用いて解説しています。この棒が示すものは「枠」でもあり「排出量」でもあります。これを一つのグラフで表そうとしてしまっている点に混乱のポイントがあると思います。
「売上高」や「利益」などは、高い方が嬉しい数値ですが、「コスト」「感染者数」などは減少した方が良い数値です。「CO2排出量」は、削減したいので後者に属します。
初めましての概念を理解するには、この点をはっきりさせるのは重要です。
見覚えのある図に似ていた!
環境省の資料を読んでいるとき、私は別のものを連想しました。この図は何かに似ていると思いませんか?
auデータギフト
楽天モバイル データシェア
スマホのデータ(、通信量、パケット、ギガなんて言う人もいますね)を人に譲渡するシステムです。多くのキャリアやメディアがこのようなグラフ様の図を用いて説明しています。
データプランは、月に通信できる限度枠と考えられます。
通信量が許可された枠をオーバーすると、枠を追加購入するか、速度制限が課せられるので、どちらかを選択することになります。
つまり(スマホ契約者にとって)枠は多い方が嬉しく、通信量は削減した方が良いものです。
実際にデータをやりとりするわけではなく「枠」をやりとりする点、いずれも目に見えないものである点も似ています。スマホユーザーはこの複雑な仕組みをごく自然に理解しています。
環境省の資料にはこんな図も
バンキング(左)は、
ドコモ パケット繰り越し
au データくりこし
の概念に似ています。
ボローイング(右)は、
NURO データ前借り
縦横が置き換えられていますが、似ています。
バンキング・ボローイングは、他企業と売買するのではなく、自社内で枠をやりくりする仕組みなんだな、ということが図によって直感的にわかりました。既存の概念を借りることが理解の助けになりました。
目に見えないものを説明しようとする時、誰がやっても土台は同じような図解になることに面白みを感じます。
※あくまでざっくりです。
※これまで企業間で行われていた取引が、今回の実証実験では市場を通してオープンに行われます。
※環境省資料は平成25年時点のものです。
※掲載したデータプランは最新版ではない可能性があります。