私たちのオフィスが入っているco-lab墨田亀沢で先日行われた「紙deナイト」イベントのレポートをさせていただきます。
第7回目となる今回のテーマは「デザインの定量評価について考える」、コニカミノルタが開発している「EX感性」というデザイン評価の新しいサービスについて、開発者の方々から直接お話を伺うことができました。
デザインは好みもあって良し悪しを計ることが難しいと考えられがちですが、その見えづらい人の感性を脳科学と行動経済学を使って見える化し、デザイン解析をしてくれるのが今回の「EX感性」というサービスです。(くわしくはこちら)
セミナーの前情報から、サービスの仕組みや使い方が話の中心かと思っていたのですが、実際はどのように感性を定量化するかという視点から、脳科学や行動経済学を中心としたヒトの習性にフォーカスしたお話で非常に面白い内容でした。
「ヒトを理解する」行動経済学
行動経済学というと小難しいように感じますが、そもそもヒトという生物は認知という能力に長けているそうです。その昔、ホモサピエンスより脳の容量が大きかったネアンデルタール人が滅びた一方で、私たちホモサピエンスが繁栄できたのは、人に伝えるという認知の能力が高かった故だそうです。
ヒトがどのような仕組みで行動するかという点は昔から考えられてきました。16世紀頃はロジックに従い合理的に行動していると考えられていましたが、20世紀後半になると必ずしも合理的な行動をしているわけではなく、むしろヒトは非合理な考え方をする生き物だということがわかってきました。
ちなみに記事サムネイルのロジック思考orアート思考ですが、自身の両手を握ったときの親指の位置、左右どちらが上にくるかで傾向がわかるそうです。
答えは…
左手が上→アート思考
右手が上→ロジック思考
だそうです。
右脳が感覚や直感といった能力に優れ、左脳は論理や計算が得意とのことで、上にくる指が優位になります(神経が交叉しているため手と脳の左右関係は逆になります)。
こういった傾向のようにヒトの考え方にはさまざまな法則があることがわかってきていて、以下は購買行動への代表的行動経済学の例になります。
・プロスペクト理論(損失回避性)
損をしたくないという思いから将来の期待値を歪めて判断してしまう
(例)宝くじに確率以上の期待をする反面、高確率でリターンが得られる話ではリスクの方が気になる
・アンカリング効果
はじめに提示された情報によって、後から提示される情報の印象が変わる
(例)値下げされていることでお得に感じる
・ハロー効果
一つの目立った特徴が、全体の印象に影響を及ぼす
(例)スーツを着こなした人を見て仕事の能力も高いと感じる
・おとり効果
捨て案の提示によって、選んでほしい案に誘導される
(例)松竹梅があると竹を選びやすい
・サンクコスト(埋没費用)
資金を投入するほどやめられなくなる
(例)パチンコ
・現在志向バイアス
目の前の利益を高く、将来の利益を低く見積もる
(例)すぐ手に入るもので妥協する
聞き馴染みはないですが、言われてみればなるほどという内容が多いと思います。もちろん個人差はありますが、これらはヒトという生物としての習性みたいなもので、認知に長ける故こういった考え方をすることが進化の過程で効率的だったのではないかと思います。
これらの習性は、現代のマーケティングやプロモーションでも多分に考慮されていて、気づかぬ間に身の回りの様々なところで使われています。習性を理解して戦略的に考えられたPRは、たとえば同じ予算であってもより効果を上げるアプローチにつなげていくことができます。
脳科学の活用による顧客行動プロセス理解
心に刺さるデザインはいかに作られるか、購買行動を考える上で重要になってくるのがAIDMA(アイドマ)です。
売れるデザインの法則をAIDMAに当てはめると
Attention(認知):訴求ポイントが目立つ
Interest(関心):整っていて調和した配色
Desire(欲求):ターゲットが好むコンセプト
Memory(記憶):他デザインとの差別化
となり、EX感性はこれらのプロセスを分析していくことができます。
【認知】
・注目性分析
色、輝度、形の演算でどこに目が行くかという予測ができる。
目立ちやすいものは記憶に残りやすいという特徴がある。
サーモグラフィーのようなヒートマップや、それぞれのデザイン要素の目立ち具合を数値化するなど、いかに目をひくかを見える化することが可能。
【関心】
・印象分析
ハロー効果に代表されるように、ヒトは一部を見て全体を判断している。第一印象の重要要素である文字の強弱、色の調和、整っているかなどを分析することができる。
画像であれば分析することができるので、グラフィックに限らずたとえば売場の印象がごちゃごちゃしているか、すっきりしているかといった複雑性も数値化することができる。ちなみに非常にすっきり洗練されているApple Storeの売場は単位面積あたりの売上が一番高いそう。
【欲求】
・ポジショニング分析
MAYA理論によると、保守的すぎても先進的すぎても売れない。ほどよい塩梅のいわゆる101%が一番売れる。デザイン要素を様々な項目でマッピングして先進的MAYAゾーンに入るよう、他社との差別化を図ることが重要。
分析項目は一例でざっくりとした解説になってしまいましたが、EX感性は画像でさえあればヒトがどのように捉えるかを脳科学のロジックで定量化することができます。また評価の見た目も面白く、例えば注目性のヒートマップ表現は視線の集まる場所がサーモグラフィのように赤くなり、感覚的に理解できる仕組みでした。定性評価が通常と考えられる視線を、大多数の人はこのように見るであろうと予測し定量評価ができるという点はおどろきで、専門知識がなくてもデザインの個々の要素は分析ができてしまいます。
まとめ
初めて聞く言葉も多かったですが、ついつい考えてしまうことや行動が実はヒトとしての習性であり、多くの人にとって当てはまるものであることがわかりました。デザイナーの視点から言えば、デザインを起こすときには色々な要素に気を配ったり情報をコントロールしたりしますが、それらが脳科学や行動経済学といった視点から説明がつくことが面白かったです。
デザインを大きくセンスとロジックに分けるとするなら、EX感性はロジック面を大いに見える化しています。デザイン自体に絶対的な点数こそつけるわけではないものの、購買行動のプロセスに沿った様々な角度からの分析を簡単に行うことができ、結果を共有することができます。説明のためにデザイナーが使うことも考えられますし、それ以上に代理店やクライアントではニーズが高いかもしれないなと感じました。
定量評価について開発陣の方もおっしゃっていましたが、デザインの単純な良し悪しの判断ではなく、指標に対して評価を行う仕組みで、逆に言うと絵画などのセンスやアイデアが問われるような芸術は評価がしづらいとのことでした。
その意味でいうと、クリエイティブ全体のなかで人間が関わるべき部分はまだまだ残っているような気がして少しほっとします。ただ今後のアップデートやAI技術といった伸びしろも踏まえると、表面上のデザインだけでなくコミュニケーションをはじめとしたクライアント理解、一貫したコンセプトワークなど上流部分のスキルがますますデザイナーに求めらてくるように思います。
デザイン分野に限ったことではありませんが、新しい技術にとって変わられるのではなく、あくまで使う側として、新たな価値を届けられるような関わり方をしていかなくてはと改めて感じました。